静 炉巌(せいろがん)です。
藤岡藤巻のファーストアルバム『藤岡藤巻Ⅰ』に収録されている『娘よ』っていう歌は、今でもよくリクエストされる楽曲なの。でも、映画『崖の上のポニョ』のキャンペーン中は、その内容からして“ライブでも封印してくれ“って言われてた。
で、『娘よ』はインディーズ時代にもレコーディングしていて、5曲入りの『よろけた拍子に立ち上がれ』(2005/11/23)にはショートバージョンが、『娘よ(完全版)』(2006/5/24)には、12分超のロングバージョンが収録されている。
『娘よ(完全版)』は、当時、ライブで通常の『娘よ』を歌うたびに、面白がって歌詞を追加してたのが元で、だったらレコーディングしちゃえとばかりに、藤岡さんが一人でレコーディングしたんだよ。藤巻さんは参加してないの。
追加された歌詞のエピソードは、その頃に在籍してたバンドメンバーの体験が結構入ってるんだけど、藤岡さんは「完全版のレコーディングは、延々と同じフレーズを繰り返すから気が狂いそうになった」って言ってた。
藤岡藤巻のメジャーデビュー前の2005年は、毎週月曜の会社帰りに、藤岡さん、藤巻さんと麻布十番に集まって、3人で藤岡藤巻プロジェクトをどうする?って打合せをしてたんだよね。
もっとも、たいていは居酒屋に直行して、毎回バカ話で笑って終わるの。「お前ら、真面目にやれ!」って藤岡さんに怒られたりして。例えばこんな感じ。
岡「説教が終わらないオヤジっているよね」
静「ひとつだけ言っておくぞって言ったくせに、ふたつめみっつめが出てくるオヤジね」
巻「そういえば、藤岡んちに遊びにいくと、壁にべたべたと標語みたいなのが貼ってあったんだよ。オヤジさんが貼ってんの」
静「藤岡さんちって、原子力便所があった家でしょ?」
岡「当時は水洗便所の家なんて珍しかったから、クラスでそう呼ばれてたんだよ。なんかすごいものは原子力って感じだったね。ってか、便所の話はいいんだよ! 説教好きなのにピントがズレてるオヤジの話!」
そんな風に、”オヤジあるある”でゲラゲラ笑ってると、次の週には藤岡さんが『息子よ』のデモを作ってきたりするわけ。あんなバカ話がこんな歌になるんだって、毎回ビックリしたね。
藤岡藤巻では、“同世代のサラリーマンのオヤジに向けた歌を作ろう“っていう軸は決まってたんだけど、初期の曲は、そんな感じで生まれてたの。藤岡さんは「曲なんて下痢便みたいにいくらでも作れるけど、どんな歌にするかってのが難しいんだよな」って言ってて、バカ話がテーマを探るひとつになってたみたい。
で、『息子よ』の翌週のバカ話から生まれたのが、『娘よ』だった。まだ一番か二番の歌詞しかなかったんだけど、藤巻さんもオレもデモを聴いて大笑いしたね。
そういえば、この歌には“父さんは目が覚めた♪“ってコーラスが入ってるんだけど、藤岡さんは、ここを“父さんよ 目を覚ませ♪“にした方がいいか迷ってたんだよね。後者は、コーラスが父さんを諭してるわけ。
どっちも面白いけど、この歌は“父さん“の弱さと滑稽さが一体になってて、落語みたいな味わいをもってるから、やっぱりコーラスは父さん視点の方がいいと思ったよ。
それから何年かが経ってからのこと。藤巻さんが自宅を引っ越すことになって「うちに『娘よ 完全版』のCDがいくつかあるんだけど、荷物になるからもらってよ」っていうわけ。
軽い気持ちで引き受けたんだけど、そしたら、次の打ち合わせの時に、藤巻さんがでっかい手提げ袋を持ってきたの。受け取ったら肩が抜けそうなぐらい重くてさ。藤巻さんが、明らかにホっとした表情になってるのが憎らしいんだよ。袋を覗いたら、ビチビチにサンプルCDが詰まってた。どんだけ売れてなかったのさ!!
しょうがないから、ライブの度にちょこちょこと物販してたんだけど、どうせならライブでタクバイをやろうって話になったんだよね。
タクバイってのは昭和の頃に、『男はつらいよ』の寅さんみたいな露天商がいてね。うまいこと口上を述べて、道ゆく人にモノを買わせてたんだけど、その口上のことをタクバイっていうわけ。
有名なのは、“勤めている万年筆工場が潰れて、退職金代わりに売れ残った万年筆をもらった男が、生活のために路上で売っている“っていう設定のもの。ちゃんとサクラもいるんだよね。藤岡さんも藤巻さんも、実際に目にしたことがあるらしいんだけど、自分は本でしか読んだことがない。
そんなわけで、『娘よ(完全版)』を売るために、タクバイのコントを書いて、一度だけライブでやったことがあるの。
でも、ウケなかったな。ぶっつけだったから、全然、うまくいかなくてボロボロでさ。藤巻さんなんか、読むところを間違えるし。あれは、お客さんも「いったい何を見せられてるんだ?」と思ったはず。でも、藤巻さんもオレもタクバイが好きなんだよ! その時の台本はこんな感じなの。
*
【寸劇】CD物販
岡「ライブに行ってね。CDとかの宣伝をされるとシラケるんですよね。せっかくステージを楽しもうと思ってるのに露骨に商売しやがって。どんだけ図々しいんだよっていう…」
〇客席の後ろから、紙袋を抱えた静 炉巌が泣きながら出てくる。藤巻が舞台の上へと誘う。
静「うぅっ(泣)」
巻「おいおい、どうしたんだい? おまえ、なに泣いてんだ?」
静「聞いてくださいまし。実はですね、勤めてる工場が火事になっちゃいまして。退職金はでないし、貯金もないし、明日からどうすればいいかって思うと。うぅ」
巻「泣くんじゃないよ。そら気の毒にな。で、お前、何を抱えてんだい?」
静「これですか。せめて倉庫に焼け残ったモノを売って、生活の足しにしようと思いまして…」
巻「なんだ、残り物かよ。何を売ってた会社なんだよ?」
静「CDの制作会社です。あの、知ってます? CDって、平たくて丸くてピカピカした…」
巻「知ってるよ。じゃ、そこに入ってるのはCDか」
静「はい。でもね、私が倉庫に入ったときにはもう人気アーティストのCDはみんな持っていかれたあとで。残ってたのは、誰も知らない人のしかなくて…」
巻「ちなみに、どんなヤツだい?」
静「どーせ知りませんよ。藤岡藤巻っていう聞いたこともない…」
巻「いやいや、おまえね。それはなかなかいいアーティストだよ」
静「そうですか? でも、シングルCDなんですよ。タイトルだって、『娘よ』っていう売れそうもない感じで」
巻「おいおい! それはもしかして、『娘よ(完全版)』ってやつじゃないか?」
静「えぇっと、そう書いてあるけど」
巻「そりゃ、2006年に発売されたレアもんだよ! ちょっと手に入らない15分のバージョンだ。そいつは価値があるよ!」
静「そうかな。でも、ヒーリング効果はあるかも。聴いてみたら一瞬で寝ちゃいまして」
巻「ちゃんと聴けよ! で、おまえ、それをいくらで売るつもりだ?」
静「2000円ぐらいかな。生活があるから」
巻「そりゃ高いよ。欲をかいちゃいけないよ。みんなが買ってくれなきゃ困るんだろ? いくら価値があっても、もっと安くしなきゃ、手がでないだろ!」
静「じゃ、1000円。でもね、言われてみれば珍しいCDかも。ほら、ここ。見たことのないシールが貼ってあるんですよ。ほら、これ」
巻「どれ?」
静「ここ。小さくて読みにくいんだけど、サンプル盤って書いてあるの」
巻「タダで配ってる宣伝用じゃねーか!!」
静「えぇ! 売っちゃいけないんですか!?」
巻「まぁ、気持ちならいいんじゃないか。気持ちとしてお金をくれる人がいて、お礼の気持ちとしてCDを渡すんだよ」
静「えぇっと、もらって…渡すと…。あっ、お金と交換だから、売るってことね!」
巻「気持ちの交換に、モノがついてくるんだよ!」
静「じゃ、1000円ぐらいのお気持ちで」
巻「だから1000円も取るんじゃねーよ。もっと安くしろよ。そしたら交換をしてやるから」
静「でも、生活が。うーん、じゃ500円!」
巻「ホントか? ホントに500円でイイんだな」
静「もう、いいですよ」
巻「よし、決まった! じゃあ、これ500円な」
静「ありがとうございます!」
巻「(客席に)なぁ、みんな! これはお得だ。お買い得だよ! みんなも人助けだと思って一つ買って…いや、交換してやってくれよ。モノはイイんだよ。モノは。これは二度と手にはいるもんじゃないよ。(静 炉巌に)おまえ、これどこで交換するつもりだ?」
静「ライブのあとで、(会場後を指さし)あそこらへんで」
巻「よし、オレも応援してやるから。頑張れよ! みんなも頼むな!」
静「ありがとうございます。皆さん、よろしくお願いします!」
岡「終わったの? どこで終わりかわかんないんだよ!」
*
うまくいかなかったけど、これってお客さんも「(わかっていながら)しょーがねーな。人助けでもしてやるか」って、ちょっといい気持ちになれるから、物販の形としてはアリだと思うんだよね。
それに、CDを売るしかない不幸な状況を毎回デッチあげればシリーズ化もできるしさ。まぁ、配信の時代に、同情しなきゃ買えないCDってのは、どうかとは思いますけど。